BL版 ⑤ 「翔んで埼玉」

 

翔んで埼玉 豪華版 [Blu-ray]

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 埼玉県人には草でも食わておけ!

 一部のファンにはカルト漫画と呼ばれていた原作ですが、1982年当時の連載では未完で映画のストーリーの三分の一程度分くらいしかありません。当時いい年した大人(魔夜峰央)にとっては本質的にはどうでも良い東京コンプレックスを元にした近県同士のdisり合いが連載当時の中高生(監督の武内英樹)にはとても大問題だったらしく、30数年かけてマニアックに予算つぎ込んでゴージャスに映画化しました。またこの映画二重構造になってまして、麻美麗(ガクト)と壇ノ浦百美(二階堂ふみ)の話とは別に真夏の埼玉から東京へ向かう親子三人(ブラザートム麻生久美子、島崎遙香)の話が被り映画の最後には娘(島崎遥香)と婚約者(成田凌)の結婚話に繋がるのです。とても日本的クラシックな大団円というか、非常に日本的なお目出度い当たり狂言のよう、そして江戸歌舞伎狂言のもう一つのレジェンド「佐倉惣五郎伝」のような一揆モノの側面があります。BLカップルも含めて反則技満載の歌舞伎チック映画、・・・海外配給への宣伝はコレでいけそうだよっ。

21世紀の佐倉宗五郎伝、という当たり狂言としての位置付け

 もちろん軽い冗談としての指摘ですが。ちなみに佐倉惣五郎とは江戸初期に今の千葉県に実在した名主のオジサン。彼はいわゆる「一揆騒動」を起こして江戸幕府に直訴したという史実を元にして歌舞伎でお芝居化し、江戸の終わり頃に大ヒット飛ばしました。御上に楯突く庶民の話なのにも関わらす当時あまりの観客の熱狂ぶりに幕府は佐倉惣五郎伝なる芝居を禁止にせず民衆の不満を「ガス抜き」させる効果に期待をしたのでした。この芝居私も最近1度観たのですが、主人公佐倉惣五郎のドメスティックな哀しい子別れのシーンがもっとも名場面とされていまして江戸歌舞伎の名作狂言としても屈指の地味さでございます。そして翻って「翔んで埼玉」でも白眉なのはひたすらに中盤にかけての麻美麗と壇ノ浦百美の逃避行シーンの独創性溢れるといおうか、二人の眼に映る無知で無力でいじましく慎ましやかな夢を持つ埼玉&チバ県民達の姿の描写でありました。私は終始ちっとも笑えなくてつい他の席に目を向けると劇場の観客はほぼ笑っておらす、主に家族連れの観客を横目で観察していたのでしたが、皆真剣に息つめて観てました。海岸を逃走する麗達を助けようと白馬に乗って登場する埼玉デューク(京本政樹)でやっとホッとしたくらい。頭の一方では「昭和の仮面ライダーみたいで強烈懐かしくて嬉しいけど何故今さらこんな映画で堪能しなきゃいけないんだ」な疑問が生まれておりましたが、後の展開も矢継ぎ早にいろんなアイデアがぶち込まれていくのでもうそれどころじゃないのよ。宣伝でフィーチャーされた荒川の埼玉VS千葉ヤンキー合戦とか派手ではあるけど所詮小ネタのおふざけだからね、あんなのは。

東映らしさ?・・・もあったっけか?

 何というか・・・多分あるんだと思う(よく分からないけど)。この映画で「奇蹟の還暦/60歳」な京本政樹は芸能界でも有名な仮面ライダーの熱狂的なファンで昭和の東映時代劇スターの一人大川橋蔵の弟子だった事を考えると個人的に感慨がひとしおだったです。京本政樹に限らず阿久津翔(伊勢谷友介)やガクトばかりがイケメンライトアップされて件の決めぜりふ「埼玉県人には草でもくわしておけ!」と叫ぶ二階堂ふみのアップの方は往年の東映特撮の女帝曽我町子を彷彿とさせるようにどす黒く・・・・そんな予告編を劇場で観て驚き一体ナニがやりたいんだこの映画?という興味だけで密かに公開を楽しみにしてました。そういえば東映といえば私にとっては「仁義なき」シリーズよりウチの父親が大好きだった大川橋蔵の代表作新吾十番勝負 第一部・第二部 総集版 [DVD]のシリーズの方が印象強くて、「翔んで埼玉」との共通点を感じてしまいましたね。「新吾十番勝負」って今観ると主人公でホントは御落胤の葵新吾が白塗りキンキラキン衣装のまんま剣豪を目指すけど、内心では「お姫様とエッチな事したい煩悩」に苦しむって話が延々と続く、それでも明朗青春時代劇シリーズって感じで諸国を回って修行するんですけど、「翔んで埼玉」の二人も葵新吾のように東京以外の地域を放浪して今までは知らなかった庶民の生活を知るようになるのです。私昔観た「新吾十番勝負」の中でも「お前は〇〇の匂いがする」だの「オンナの匂いに惹かれて〇〇しに来たな」だのやたら匂い関係で言いがかりを付けられる葵新吾のエピソードが強烈な記憶に残っているんですが、麗と百美の「都内を代表するお洒落スポットの香りテイスティング勝負」は当然映画オリジナルで、「新吾十番勝負」へのリスペクトから来ている・・・と言えない事もないかなあ?まあきっと偶然なんでしょうけど。

 ちなみに予告編とは違って本編の百美さんのアップはどす黒くなくて、魔夜峰央の漫画そのままのような美少年カットもキチンと存在してますんで安心して下さい。(きっと予告編やり過ぎだって声があったんだろうと推測してます 笑)

大ヒットにして「極めて政治的な映画」になっちゃったんだよ

  何故だか理由は分からないですけどぉぉ・・・2019年のメジャーでより娯楽ちっくな日本映画のトレンドが政治なんですよね、「翔んで埼玉」の後に公開された「引っ越し大名」も「記憶にございません」も題材が政治ネタで、ボーイズラブの香りがどことなくするのが特徴。権力争いといえばホモソーシャルな集団のお話で、ヒーローたる主人公と女性の関わりよりはブロマンスというか男同士の「愛♡」が全体の骨子になっていく。「翔んだ埼玉」の場合は単なる出身地のダサさからくるコンプレックスや生まれながらの格差といった問題が青年期を経て、乗り越えて行かなきゃならないという衝動が既得権益を持っている奴らと闘いたいというパワーになる過程と結果をギャグ満載で象徴としての革命としてラストまで描いちゃう。知ってか知らずか埼玉で選挙応援していた共産党の代議士さんが映画公開直前に「埼玉マーク」をSNS上で披露してくれるというのに私出くわすわ、映画公開後には高須クリニックとコラボして一部ブーイング反応を呼ぶわ、製作側はそこまで深く考えていなかったとしても現象としてちょい危険な映画にもなってしまいました。折しも「翔んで埼玉」キャラをフィーチャーした埼玉補選の公示後、台風19号の被害で埼玉を代表する水路の街川越が大変な水害に現在(2019年10月13日)の被害に遭って居ます。とにかくいろいろ有リ過ぎな2019年の埼玉フィーバーであります。ライバル千葉も台風15号では被害に遭ったよ、一緒一緒。