フォークロアの女 「GET OUT」のアリソン・ウィリアムズ

 

 

 今思うと公開が2017年で「ホントに」良かった!

 ですよね。年明け2018年から現在(2018年師走)でがらっとUSの状況が変わりましたし。オスカー授賞式にこの映画のキャラクターの役者が役柄そのまんまで登場したギャグにしていた頃はまだのんびりしてましたが・・・。ということで↓以下の文章は2017年の秋口のまんまにしておきます。

 

2017年度のベスト〇〇言う時期がやってきました。

 秋口になると「今年のマイベスト」とか語り出す映画ファンが多いのですがこの「GET OUT」とMiss Sloane [Blu-ray]を一緒にあげる人たちは知的エンタテインメント好きな映画ファンということでよろしいんでしょうかね。私は今年5月の段階でこの低予算の映画が全米NO1になったという話題だけは知っていましたが、もうさわりを観るだけでなんとなく「鬱っぽい」不穏な雰囲気が気になり、ちょっと不安になりながら観に行きました・・・結果としてやっぱり暗かったんですが全米NO1になったのはよく判りました。私以前から何となく感じていたなぜだかハリウッド映画に多い「お婿さん受難映画」の典型ですよね。エドガー・アラン・ポーの「アッシャー家の崩壊」みたいなヤツとかさ。もっとメジャーなところでは風と共に去りぬ [Blu-ray]なんてのもお婿さん受難映画として考えると様相が全く異なって見えるので・・・。んでこの手の「これから彼女の実家に行くんだ」から始まる映画はたいてい豪快なアクション映画(もしくはドタバタ喜劇)で、そこの主人公達はだいたい皆マッチョで知的で二枚目の役者が怖がらずに堂々と向かうのが通例だったのですが、その点この映画は非常に正直といおうか主役のクリス(ダニエル・カルーヤ)が都会の成功した若手写真家でしかもマッチョな二枚目なのはともかく、かなり無理して内心ビビっているのを隠しながら彼女のローズ(アリソン・ウィリアムズ)と実家へと向かう、マイケル・エイブルスのオリジナル曲に乗って・・・まずこの主題曲のインパクトが強烈です。(ブルース調のメロディーにスワヒリ語と英語を混ぜた歌詞らしい)映画冒頭に三曲の異なるサウンドの曲の攻撃に観客は圧倒されるのがこの映画演出の最大の妙かも。監督のジョーダン・ピールはコメディアン出身だそうですがとにかくこの監督「耳が良い」のですよ、ホラー映画としての魅力もそこにあるの。

「異なる音」で人種間の文化の違いや緊張感を描き分けるのさ

 ローズの実家のある地域は殆ど深い森の中にあるといっていい。ドライブしていると横からいきなり野生の鹿が道路に飛び出してきて横切るから思わず轢いちゃうくらい。住民は公務員含めてほぼ白人ばかり。ところが実家に到着すると家には黒人の家政婦(ベティ・ガブリエル)と管理人(マーカス・ヘンダーソン)が居たりする。彼らの存在を巡って起こるローズとクリスの会話や恋人同士としてのコミニュケーションを映画終わった後振り返るとなかなか興味深いというかホラー映画とは別の側面が浮かび上がりますよ。クリスはローズの家族や親戚が自分とは違う白人ばかりで阻害感を味わうのとなぜだか「アフリカ系ぽくないアフリカ系の人々」が数人混ざっている状態に不安を覚えるようになります。一晩泊まってクリスの歓迎会を兼ねて親戚そろったパーティーをするのだけど、とにかく変。芝居としてはもう見え見えというかひたすら「もう主人公はどうにかなりそうだ」な印象で続くのですが 、都会の人間には馴染みのない物音、効果音、乾いた声でしゃべるとっつきの悪いローズの家の黒人の使用人達、映画冒頭からクリスが電話で会話する親友のロッド(リル・レル・ハワリー)のマシンガントーク、そして白人たちのゆっくりしていながら威圧感がある会話・・・これらの登場人物の台詞を含めた音の取り合わせの妙がクリスの焦燥感を募らせていきます。特にコメディアンでもあるロッドの台詞回しは(台詞の内容は平易なんだけど一定のリズムでぶれがないのよ)まるで一本の直線のように画面に見えるんじゃないかって感じ、そこが凄かった。そんなパニクっているクリスに恋人ローズのささやく台詞が救いになっていくのでした・・・流れを観ていけばソレっておかしいけど、感情的にはローズにホッとしちゃうよね、特に男子はさ。

映画のラストは変更されたのさ

 脚本の段階では現在日本で劇場公開されているものとは違っているんだそう、というかだいぶ周囲に反対されたり映画撮影中にあった出来事によって監督はラストを変更しようと決断したみたいですね、でも未だ当初想定していたラストに監督はこだわりがある様子。(なんでUS版のDVDには当初予定されていたラストシーンが収録されている)いまだ米国には人種差別が現存している事をアピールするためには今日本で公開されているバージョンでは不十分だという事らしいのだけど・・・どうも理由がそれだけではないような。終盤に主人公を追いかけてくるローズの暴走ぶりというのは狂気駆られているけど同時にとても悲しい姿なのよ元彼としては。ローズの心理いおうか「一体どんな育ち方したらこうなるの?」な設定を振り返ると、トンでも一家の掟に最も忠実で最も深くスポイルされ「家族環境の犠牲になって意識の底で感情が引き裂かれている」ってことだからね。本気で恋愛した主人公には彼女の苦しみを理解出来るっていうか理解出来るぜ俺はぁ、と主張したいのさ!。最後の最後まで絶体絶命のピンチに遭うクリスを辛くもロッドが救出してくれて「そうさ俺はT.W.mother fuckin.yeah~」とか何とかマシンガントークでまとめてくれるから主人公も観客もホッとするのだけどね。「やっぱり俺の言うとおり彼女はBitchだったろ~?」とかまされると何だかね、それ少し違うんだというのを表現したい気はする。とはいえ脚本当初のエンディングに直しても人種問題という社会派を超えて深遠かつ怪奇な悲恋物語になるわけではないですからねぇ。折しもゴールデングローブ賞ではミュージカルコメディ部門で「GET OUT」がノミネートとか、制作側としては鬱屈としたフラストレーションがたまる事が続きそう。

 んで当初主人公が写真家なのがありきたりっていうか陳腐だなあ・・・って気がしてたんですが盲目の画商(スティーヴン・ルート)なる人物が登場し「君は目が良いんだな、君の目が欲しいくらいだ」って言い出して、ああっ「監督の個人的体験に基づいて構想された」ってそうゆうことなのかと思い当たりました。(笑)