2021年度の日本映画興行収入でもトップ取ったよ。
しかしそれにしても、公開中の2021年度には何となく観に行くのを忘れてしまい、やっとこさ先日、早稲田松竹でやっているのを見つけて観ることができました。併映のアニメが「アイの歌声を聴かせて」でそっちの映画の人気も高く劇場では「サイダーのように言葉が沸き上がる」と共に紹介が充実していて、「竜とそばかすの姫」の方が少しだけ。鑑賞終了後に何故だかパンフレットが欲しくなり購入を希望すると、かなり年配の女性の係さんが「パンフレット袋に入れますか?無料です」と幾度となく案内され立派なポリ袋に入れて貰いました・・・不思議な体験でした。そして私と同年齢の細田守監督のアニメ映画鑑賞初体験映画でした。米国のアニー賞受賞の「未来のミライ」さえ未だ全部鑑賞していません。(予告編が劇場で流れていた時期興味を持ったのですが日本のアニメファンの評価、特にストーリー展開の甘さを指摘する意見が多かったのが主な理由です。)細田守作品の評価では常に言われるストーリー展開の詰めの甘さっていう定評ですが今回の映画では映画全体の構成力や設定説明の大胆な省略が細田さんの映画作家としての美点であり才能であると強く感じました。でないとカルト人気映画「サマーウォーズ」みたいなの誕生するわけがないわな。
仮想空間とプレーヤー自身の心の問題
ヒロインの内藤鈴(中村佳穂)が友人のヒロちゃん(幾田りら)に誘われるままに飛び込んだ仮想空間Uは世界で50億人が集い、皆それぞれAsというアバターを持つのですがUではプレーヤー自身の生体反応を登録するシステムというとんでもないもので、フェイスブックのメタバースって本気でコレをやる気なのかいっ?て感じのものです。プレーヤー自身隠している或いは気がつかない個性や能力をひたすらに可視化するいう匿名は一切不可な世界。文章で書くと簡単ですがコレを映像としてはっきり魅せる、先ず鈴=BELLの歌声で圧倒するのは良いとしてもその先はなかなか続かない。なのでUの世界で暴れ回る謎のAsである竜(佐藤健)の登場と二人の対話のドラマが話の中心になり、鈴の成長が描かれるのです。ものすごく退屈な話のようで全く退屈でないのは、四国高知の四万十川の近くで生活する鈴の方は母親の死の悲しみと恐怖のあまりに記憶に重大な錯誤を抱えており、一方東京の高級住宅地に住む(品川あたりと推測)竜の方はというと最後まで彼の正体が明かされないのですが、おそらくは仮想空間Uの開発に加わっており配偶者もしくは恋人と別れたばかりの(私は死別ではないと推測)子供は未だ居ない成人男性という設定で、鈴と竜の二人の邂逅によりそれぞれの精神的外傷を癒やし回復していく過程をダイナミックに描いているからだと思われます。鈴より竜の抱える問題がヤバいのは竜はパートナーとの別れによって父親になり自分の親族の死に向き合った傷を癒やす手段が失われた衝撃に耐えられずに多重人格者と化してしまったという点にあります。彼はかつての子供時代と10代の自分、そして彼自身が許せない未熟な成人男性としての自分、というかなりややこしく自我を分けてしかも己の生体反応を総てUの仮想空間に注ぎ込むという無茶苦茶な事をやっているからです。死ぬんじゃないか竜いくら何でも・・・て気がしてきましたが、竜の躰にある異様なシミはニンゲンとしての竜がガンに罹っているというメタファーなのかもしれません。竜は実生活でもかなり敵が多そう。
一見、仮想空間に追いやられてしまってみえる内藤鈴の学園生活と日常だけどもっ
内藤鈴は冒頭から鬱屈した学園生活を送っているシーンが展開されますが、通常鬱屈した10代の少女というものは本人だけが自意識過剰で周囲の親や友達からは「普通の女の子」として軽く扱われている・・・という対比のシーンが描かれていないと普通に幸せな少女の青春映画としてはおかしいモノになりがちです。「竜・・・」では鈴の母親が死去しており、母親の死が彼女の行動に影響を与えているという設定がありその事情を親友のヒロちゃんや幼なじみのしのぶ君(成田凌)がキッチリと抑えていて鈴を見守っているので平穏な高校生の日常でもどこか緊張感があります。しのぶの鈴に対するフォローに執念を燃やす態度には、鈴の幼少期の恐ろしい記憶と関係がありおそらくしのぶ自身の幼少期のトラウマを克服するという目的意識があるせいで、彼は単純な王子様として存在しているワケではありません。高校のマドンナのルカちゃん(玉城ティナ)とカミシン(染谷将太)のカップル話も並行して描かれますが、彼らの方が徹底的に幸せで健康的だという点で鈴やしのぶとは対象的な存在なのです。そして中盤以降から鈴に世話を焼く合唱団の5人のマダム達(声優陣が森山良子、清水ミチコ、坂本冬美、岩崎良美、中尾幸世)の存在は鈴の母親(島本須美)が生前どんな活躍をしていたか、娘の鈴が想像する以上の大きな功績を挙げたようだという暗示になっています。そうなのです、鈴という主人公の潜在的なパワーの源の証明でもある。「竜とそばかすの姫」はアナと雪の女王 (吹替版)と同様にもし主人公が男女がスイッチしても過不足無い物語設定で製作されたアニメなのです。最近のファミリー向けアニメ映画のトレンド抑えているといって良いでしょう。
最後に鈴のお父さんについて
鈴の父親(役所広司)との会話のやりとりは終始「夕飯の支度は父娘のどちらがやるのか」に絞られており、鈴の態度が頑なまでに父親の作る鰹のたたきを拒否する態度のおかげで、鈴の内面の不穏さと複雑さを表現しているのかと映画冒頭から気になっていたのですが・・・よく考えてみたら映画の季節の設定が真夏であり、いくら高知でも冷凍鰹のたたきを夕飯のおかずに食べるのは嫌だ、鰹の旬を知っている若い娘だからオヤジに付き合って鰹のたたきのお相伴に預かるのは勘弁して欲しいっ、という鈴の意思表示であると映画終了後に気がつきました。なので娘を持つ既婚男性はあまり深く悩まないで下さい、気にしないでっ。ただし日本全国の魚の産地に住むお父さん方には参考になるかも。