トンデモ悪女伝説⑧ 「女神の見えざる手」のジェシカ・チャステイン

 

女神の見えざる手 [Blu-ray]

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 「ミス・スローン」と「女神の見えざる手

 この前(2018年5月時点)に見た「モリーズ・ゲーム」は同名実録本の映画化で出版された2014年には映画の権利が取得されたのですが、実際に製作が発表されたの2016年、その間にこの映画がジェシカ・チャステイン主演で作られておりました。その所為か「モリーズ・ゲーム」は同じ女優が主演しているだけでなく内容としてもやや影響が感じられて興味深かったです。「女神の見えざる手」にしても英国で起きた実際のロビーストの事件に触発されて脚本が執筆されたそう。新人の脚本としては業界から異例の評価をされたのも主人公のロビーストを女性にしたのが大きかったようです。映画を見た後、原題の「ミス・スローン」と邦題の「女神の見えざる手」、どちらがより内容を深く的確に表しているか考えるだけでもお話の構成というか、ヒロインのとらえ方で意見が分かれそうですが、今回私は邦題を推しますね。「ミス・・・」の方はひたすら謎のヒロインに関して興味を引っ張る感じ。対して「女神・・・」の方はヒロインと運命の女神を二重にかけています。冒頭に彼女がのたまう「常に先を読む」との主張がまず本気なのか「ハッタリ」なのかでも意見分かれそうだね。

理想を実現する為にしか仕事しません、鉄壁の意識高い系オンナ

 もともとは所属するロビー会社で社長のデュポン(サム・ウォーターストン)に銃規制に反対するキャンペーンをやってくれと頼まれたヒロインのエリザベス・スローン(ジェシカ・チャステイン)は頭にきて仕事を断るだけでなく自分のチームの部下ごと一部引っこ抜いて退社してやるっ、と告げてしまう。業界で有名な私が「銃規制推進派としてロビー活動やる気満々」のスタンスでアピールすれば、すぐにオファーが来るもんねぇ、てなもん。で、実際にNGOとかの活動を支援する系のロビー会社に迎えられるのだけど、デュポンや銃規制反対の団体の支持を受けている上院議員ジョン・リスゴー)達には「思い上がった馬鹿オンナ」にしか見られていない。だいたい世間的に一見善いことに思える事案ていうのは善いこと運動する人々に対するネガティブキャンペーンの格好の餌食になってトーンダウンし安いんだよ(笑)、洋の東西を問わず。だからスローン女史の張る銃規制のキャンペーンの方が資金の調達も手法からも大変。資金の調達というのは「声を上げる人間の懐具合」も関係するのですが、まず手始めに彼女は銃規制により興味のある女性団体、女性の企業家から潤沢な資金を集めて銃規制反対派にプレッシャーをかけるのですね。とにかくやたらと喧嘩上手、そしてソレこそがスローン女史が謎の女たるゆえんなのさ。主張があまりにもハッキリくっきりしている為「何故に貴女ってそこまで?」の疑問が表出する。スローン女史と一緒に転職するのを拒む元部下のジェーン(アリソン・ピル)との描き方の対比でも浮かび上がってくるのですが、個人にとっての仕事って達成可能な目標を決めておかないとヤバいですよね。だけどスローン女史の場合はあまりにもデカ過ぎるので達成可能を何処に求めるのかが不明なんであります。そして優秀だけど将来的には研究職につきたい為の御勉強の為だけにロビーストの仕事をしているジェーンを強く勧誘して彼女の態度を徹底的に引き出そうとするのもまた謎。スローン女史の転職先のスタッフで高校時代、校内での襲撃事件に巻き込まれた経験が心の傷になっているエズメ(ダグ・バザ=ロー)に対してもそうなんですが、スタンスがハッキリしていて頑固な女性に対しての働きかけがもの凄い。コレはと見込んだ女性を積極的にコントロールしようとし、男性に対しては多大な期待を押しつけずに費用対効果の高いプロフェッショナルを求めるのがスローン女史の一貫した仕事の流儀のようです。でも何でもかんでもプロに頼めば良いってもんじゃなかったあぁぁ・・・でスローン女史にとっての最大のピンチが。

名前に「Jr/むすこ」ってついている彼だから

 とにかく他人のトラウマや心の隙を狙って食い込んでいくスローン女史は自分の過去やバックボーンについては多くを語りたがりません。皆内心では変だなあと思いつつも彼女の過去について核心を突いた質問が出来ない。まだ彼女が20代前半に数年だけ国境なき医師団で活動していた事実だけは映画でも告げられますが、何気なくスローンにそれを質問した女性スタッフについてもデュポンの送り込んだスパイだとしてさっさと追い出してしまうくらい。んで自分の過去について語りたがらない彼女はまた他人への共感力が高く、また相手に合わせて話し方や情報を小出しにしていく・・・コミュニケーション能力の高い女性にはわりと多いタイプで、他人に気を使う親切で優しい性格の女だったりするんですよ。それが必死過ぎると先回りして自分の考えをごり押ししていくような「敵」からは油断のならない女になる。彼女は仕事で男性的に振る舞うのに疲れるので恋人は求めずに時々エスコートサービスを利用するのですが、彼らが無神経にもスローン女史の担当ではない青年を派遣してきても、次回にはその彼にチャンスをあげちゃったりします。とにかくすごく気持ちが荒れている為にSEXでメンテナンスしなければならなかったようなんですが、1度はキャンセルした相手を何故スローン女史次に指名するのでしょうか。男性だと1度「チェンジで」って言った風俗嬢を指名するなんて話は聞かないのですけどぉ(笑)。男性のプロフェッショナルには常に費用対効果を望む彼女としてはモチベーションの高い状態の人材の仕事ぶりに期待したかったのか、それとも「前回傷つけてしまって悪いと思った」くらい優しくて共感力の高い女だったからなのかは解りません。ただ「スペンサーJr」って名乗るその青年は自己肯定感とスタミナの強さがスローン女史の想定外だったようで、彼女が公聴会に出席する際に敵の切り札になっちまうわ、彼女を追っかけて「君の過去を知りたい」なんつぅ事を言い出すんですよ。困ったスローン女史「嘘ばかりついてた、生き延びる為に」とか言い訳しちゃう、まるで「過去の話なんて相手の気に入るようにでっち上げれば良い」と心得ているベテランの娼婦のような言動で危うく納めるのだっ。お金払ってるのは彼女の方なのに本末転倒感がスゴイというか、何を狙った皮肉(アイロニー)なんだぁ?・・・と少し悩みました。脚本書いたヒトは元弁護士でアジアに興味があり、韓国で英語を教えながら脚本執筆したんだそうですが、まさか韓日に共通する風俗業界文化とかホスト業界に強い好奇心があったりしてたらどうしようかと一瞬気になっちゃった(笑)。

 必要なのは出口戦略

 全米公開時はかなりの小規模で興行したのにも関わらずジェシカ・チャステインの演技はその年のゴールデングローブ賞の主演女優にノミネートされましたが、映画そのものの評価は賛否両論あるのそうな。確かに私から見ても終盤の逆転劇は「いくら何でもそんな都合良くいくかよ」な部分があるっちゃあるかなと。しかしスローン女史の最大の強みはヒトが心密かに望んでいる行動を促す、行動を起こす勇気を与えるという所に一番ありまして、彼女に促される人間は最終的には喜んで加勢してくれるのです。そう意外とヒトの良心とそして「聡明さ」にこそ期待して働きかけるのがミス・スローン、ある意味とんでもなく大胆なギャンブラーなのでありました。でもそんなギャンブルに打って出るにはまず「どんな結果になろうとも確実な出口戦略」をしっかり練ることななんですね。またこの出口戦略は「協力してくれる人たちを巻き込まない為」に必要なのでした。結局彼女って人一倍周囲の人間に気を遣う善い女みたいです。なので買春するのだけは向いていないかなと。ミス・スローンったら二枚目でも自分のタイプでなければ「チェンジで」って言える女じゃないんですから。